今日は「第5回ギター大好きみんな集まれギターコンペティション中部地区大会」という長い名前のイベントがありました。私はF部門(51歳〜65歳)に参加して、ありがたいことに金賞をいただきました。
昨夏、震災で延期になった昨年の全国大会を聴きにいったのですが、その会場となった銀座のヤマハホールのすばらしいこと。聴いた感想は以前書きましたが、出演された方々からも弾いていて気持ちよかったというコメントを伺って、私もぜひ弾いてみたいと念願しておりました。
そんなわけで、昨年は敵前逃亡をしてしまいましたが、今年はなんとか頑張ってきました。
ただ、出番の直前に左手がつってしまい、あわや棄権かという事態に陥りました。以前にも同じようなことがあって、今回が2度目と思っていましたが、3回目でした。まったく反省のないヤツだ >> 自分。
今回は練習中でなくて、ペットボトルのキャップを回そうとしたときでした。指も伸ばした状態ではなくで、キャップに指をかけて力を入れたら、そのままの形で動かなくなりました。これが起きたのが、自分の出番まであと3人のところ。2人前になったら舞台袖に移動しなくてはならない瀬戸際でした。
大いにアセって、マッサージをしたり、ダランと手を下げたりして多少こわばりがとれたところでお呼びが掛かりました。あとはもう、ステージ上で再発しないことを祈るのみです。実際、過去2回よりも切羽詰まっていて、進行係の人に、「途中で降壇するかも」と言っておいたほどでした。
演奏中はとにかく左手に力を入れないように、と、そればかり気にしていました。あ、弾いた曲はタンスマンのバルカローレとダンサ・ポンポーザです。バルカローレはゆったりした曲なのでなんとか弾き切ることができましたが、ダンサ・ポンポーザは冒頭出てくるセーハがドキドキものでした。弾き進むうちに、何とかなるかも、と、ちらっと思いましたが、冒頭のフレーズが何度も何度も出てくるので、結局最後まで左手のことばかり気にして演奏を終えました。
ま、余計なことを考えなかった、というか考える余裕がなかったのが良かったのかもしれません。
そんなことより、全国大会では直前の無理な練習はしないように、肝に銘じておかないと。
2012年01月22日
金賞をいただきました。しかし・・・
posted by あ次郎 at 22:37| Comment(6)
| 音楽・ギター
2012年01月13日
視細胞
寝室の天井の電灯は、蓄光したものを放出するので、消灯してもしばらくぼんやりと光っている。
消灯直後は物に躓かないで歩ける程度に明るいが、30分もするとさすがに暗くなる。
寝ながらそれを見ていたらあることに気がついた。
視野の正面で電灯をとらえると、光は幽かで輪郭もはっきりしないが、視線をずらして電灯を視野の端に持ってくると、かえってくっきりと見える。
・網膜の中心部分は、色を識別する細胞が多く、しかし感度は劣る
・網膜の周辺部分は、色の識別はできないが、高感度の細胞が多い
むかし中学校か高校で習ったことを思い出して、はじめて実感した次第。
消灯直後は物に躓かないで歩ける程度に明るいが、30分もするとさすがに暗くなる。
寝ながらそれを見ていたらあることに気がついた。
視野の正面で電灯をとらえると、光は幽かで輪郭もはっきりしないが、視線をずらして電灯を視野の端に持ってくると、かえってくっきりと見える。
・網膜の中心部分は、色を識別する細胞が多く、しかし感度は劣る
・網膜の周辺部分は、色の識別はできないが、高感度の細胞が多い
むかし中学校か高校で習ったことを思い出して、はじめて実感した次第。
posted by あ次郎 at 23:39| Comment(2)
| 雑/全般
2012年01月04日
MRIの工夫
磁気共鳴映像装置とかいう日本名のついている医療機器ですが、出始めのころはNMRIって呼ばれていました。
最初の'N'はNuclear(核)のNで、これは「核磁気共鳴」という現象を利用した装置なんですね。「核」と名がついていますが、別に核融合も核分裂も関係なくて、放射線利用でもありません。
ただ世の中には「核アレルギー」みたいな人がいるし、名前だけ聞いてなんだか怖そうだからヤダって人もいるだろうし、医者になんかだまされないぞという人だっていないとも限らない。
せっかくの有用な装置がそんなことで普及しないのは人類の不幸です。だから関係者(って誰だろう。学者、研究者、エンジニア、医者・・・みんなで?)が、'N'とか「核」の文字を使わないことにしたんですね。
これはいい工夫だったと思います。これのおかげで不要な心配と混乱を避けることができました。
で、何が言いたいかというと、もちろん原発事故の状況の説明の仕方について。
事実の隠ぺいとか、意図的に不安を煽り立てるのは論外として、多くの専門家による検証がなされているという前提のもとで、どうでもいいことや取るに足らないことはそういうニュアンスで報道するという工夫はできないものでしょうか。
最初の'N'はNuclear(核)のNで、これは「核磁気共鳴」という現象を利用した装置なんですね。「核」と名がついていますが、別に核融合も核分裂も関係なくて、放射線利用でもありません。
ただ世の中には「核アレルギー」みたいな人がいるし、名前だけ聞いてなんだか怖そうだからヤダって人もいるだろうし、医者になんかだまされないぞという人だっていないとも限らない。
せっかくの有用な装置がそんなことで普及しないのは人類の不幸です。だから関係者(って誰だろう。学者、研究者、エンジニア、医者・・・みんなで?)が、'N'とか「核」の文字を使わないことにしたんですね。
これはいい工夫だったと思います。これのおかげで不要な心配と混乱を避けることができました。
で、何が言いたいかというと、もちろん原発事故の状況の説明の仕方について。
事実の隠ぺいとか、意図的に不安を煽り立てるのは論外として、多くの専門家による検証がなされているという前提のもとで、どうでもいいことや取るに足らないことはそういうニュアンスで報道するという工夫はできないものでしょうか。
posted by あ次郎 at 23:06| Comment(0)
| 言葉・あそび
2012年01月01日
謹賀新年
新年おめでとうございます。
日本と世界にとって今年がいい年になりますことをお祈りいたします。
で、私は今年もテキトーなことを書き連ねていく所存ですが、どうぞよろしくお願いいたします。

近所の裾野市運動公園付近からの富士山。iPhoneのカメラで撮影。
日本と世界にとって今年がいい年になりますことをお祈りいたします。
で、私は今年もテキトーなことを書き連ねていく所存ですが、どうぞよろしくお願いいたします。
近所の裾野市運動公園付近からの富士山。iPhoneのカメラで撮影。
posted by あ次郎 at 10:01| Comment(3)
| 雑/全般
2011年12月31日
半年のレビュー
7月 ボランティアコンサート(県内某病院)
アラビア風奇想曲
シャボン玉変奏曲(3G)
不良少年(3G)
おどるポンポコリン(3G)
7月 公開練習会(長泉町)
ソルの練習曲 セゴビアの第1番
ソルの練習曲 セゴビアの第2番
ヘンデルのサラバンド
カヴァティーナ組曲 スケルツォ
カヴァティーナ組曲 舟歌
カヴァティーナ組曲 ダンサポンポーザ
8月 アンダンテ土曜ゼミ(東京)
カヴァティーナ組曲 スケルツォ
カヴァティーナ組曲 舟歌
カヴァティーナ組曲 ダンサポンポーザ
9月 黄瀬川ギターコンサート(長泉町)
カヴァティーナ組曲 舟歌
カヴァティーナ組曲 ダンサポンポーザ
不良少年(3G)
シャボン玉変奏曲(3G)
10月 発表会(東京)
カヴァティーナ組曲 舟歌
カヴァティーナ組曲 ダンサポンポーザ
10月 町民文化祭(長泉町)
アラビア風奇想曲
レパートリが増えません。
アラビア風奇想曲
シャボン玉変奏曲(3G)
不良少年(3G)
おどるポンポコリン(3G)
7月 公開練習会(長泉町)
ソルの練習曲 セゴビアの第1番
ソルの練習曲 セゴビアの第2番
ヘンデルのサラバンド
カヴァティーナ組曲 スケルツォ
カヴァティーナ組曲 舟歌
カヴァティーナ組曲 ダンサポンポーザ
8月 アンダンテ土曜ゼミ(東京)
カヴァティーナ組曲 スケルツォ
カヴァティーナ組曲 舟歌
カヴァティーナ組曲 ダンサポンポーザ
9月 黄瀬川ギターコンサート(長泉町)
カヴァティーナ組曲 舟歌
カヴァティーナ組曲 ダンサポンポーザ
不良少年(3G)
シャボン玉変奏曲(3G)
10月 発表会(東京)
カヴァティーナ組曲 舟歌
カヴァティーナ組曲 ダンサポンポーザ
10月 町民文化祭(長泉町)
アラビア風奇想曲
レパートリが増えません。
posted by あ次郎 at 09:27| Comment(0)
| 音楽・ギター
2011年12月29日
年忘れ放言大会 2011
今年評判を落としたものといいますと、これがまた沢山ありまして、民主党政権、原子力安全保安院、東京電力、九州電力、オリンパス、大王製紙などがすぐに思い浮かびますが、私は「マスコミ」をこれらに加えたいと思います。
日本のマスコミは文系私立の出身者がほとんどを占めている、ということが「理系バカと文系バカ」(PHP新書:竹内薫)に書いてありますが、その真偽のほどはさておいて(*1)、原発事故に関する一連の報道などを見ていますと、明らかに科学技術的リテラシが不足している人たちが書いた記事が多かったですね。
リスクの大小をきちんと伝えることをせず、ほとんど心配のないことでもいたずらに不安がる人々を記事にして、その結果として風評被害を拡大させました。ひとつ例をあげれば、岩手の廃材を京都で燃やせなかったことがそうでしょう。
その原発事故報道の基本は「大本営発表」の広報を担当しただけでした(っていうか、未だにそうです。「廃炉まで40年」なんていうのんきな発表をそのまま報道しているだけ)。事故直後に外国メディアはいちはやく放射能拡散予測の報道を行いましたが、それらを国内向けに再発信することもありませんでしたし、わが国にもSPEEDIがあるだろう、という指摘もありませんでした。
オフレコ問題というのもありました。琉球新報の「オフレコ破り」については各社で評価が分かれたようです。オフレコ前提で聞き取ったことは記事にしてはいけなかったのではないか、と書いたのは日経だったかな。田原総一朗も言っていたような。
田原総一朗だけでなく、かつて大記者と言われたナベツネさんもそうだったらしいですが、マスコミはいろんな情報を握って、それを報道する/しないことによって、世論ばかりか政治家をもコントロールするべし、という思想なんですね。(*2)
これに対して東京新聞は明快でした。読者に伝えるべきことがあるならばオフレコなど無視してよい、オフレコをオフレコにしているのは、詰まるところ、引き続き情報が欲しいからというマスコミ側の都合に過ぎない、と。パチパチパチ。
ところで、「放射能つけちゃうぞ事件」は、結局どうなったんでしたっけ。大臣がひとりおやめになりましたが、マスコミが作ったでっち上げ事件だったのでは、という疑惑は解消されていないような。
でっち上げと言えば、厚労省の村木さん冤罪事件のFD改ざん裁判と、民主党の小沢元代表の秘書の裁判について、いずれも検事の不正を追及する視点から(というか、客観的に判断するとそうなるらしい)裁判のようすなどをツイートしている江川紹子さんというジャーナリストがいらっしゃいます。
江川さんはオウム事件で一躍有名になったフリーランスですが、ご自身が裁判傍聴で得た感触と翌日の新聞報道のポイントとのズレにしばしば違和感を持たれているようです。
どうも大手マスコミは、現場へは経験の乏しい若造記者ばかり派遣するんですね。それは事件や事故の現場だけでなく、政治家の記者会見あたりもそうなのだそうです。だから的を射た質問のひとつもできないのだ、とだれかがどこかに書いていました。
もっとひどいこともありました。「処理済みで安全」とする汚染水を飲んだ「政治家」と、そそのかしてそれを飲ませた「ジャーナリスト」の存在は、政治家とマスコミの両方レベルの低さをまとめて確認できたという意味で、象徴的な出来事でした。
そんなこんなで、自らが記事になってしまった感のあるマスコミですが、各社各紙がなぜか積極的に意見表明したのはTPP参加問題でした。賛成でも反対でもいいのですが、どんな問題でもこれくらいはっきりと主張して欲しいものです。
インタネットが画期的なのは、だれもが世界に向けて情報を発信できるようになったことです。もちろんネット上を飛び交う情報は玉石混交というかほとんどは石ころですが、それでも、ごく一部の人が情報を握り、出版や放送を独占することに比べればずっといい(*3)。
「中東の春」のようにtwitterには世界を変える力があることが分かりましたし、多くのひとが情報を発信することで、より真実に迫ることができます。マスコミは情報の公開/非公開で世論を操作するのではなく、的確な論評によってその存在価値を維持してほしいものです。
---
*1 書いてあることがすべて正しいとは思えない。たとえば「文系出身者のほうが生涯所得が高い」は誤り(またはバブル期の一時的な現象)とする最近の調査もあるし。ま、面白い読み物ってことで。
*2 そういえば今年のキーワードに「老害」ってのもありましたっけ。冒頭で挙げた企業の(元)会長さんたちとかをはじめとして。
*3 フリーのジャーナリストが「記者クラブ」とかいうものの解体を主張するのは、こうした流れから当然。
日本のマスコミは文系私立の出身者がほとんどを占めている、ということが「理系バカと文系バカ」(PHP新書:竹内薫)に書いてありますが、その真偽のほどはさておいて(*1)、原発事故に関する一連の報道などを見ていますと、明らかに科学技術的リテラシが不足している人たちが書いた記事が多かったですね。
リスクの大小をきちんと伝えることをせず、ほとんど心配のないことでもいたずらに不安がる人々を記事にして、その結果として風評被害を拡大させました。ひとつ例をあげれば、岩手の廃材を京都で燃やせなかったことがそうでしょう。
その原発事故報道の基本は「大本営発表」の広報を担当しただけでした(っていうか、未だにそうです。「廃炉まで40年」なんていうのんきな発表をそのまま報道しているだけ)。事故直後に外国メディアはいちはやく放射能拡散予測の報道を行いましたが、それらを国内向けに再発信することもありませんでしたし、わが国にもSPEEDIがあるだろう、という指摘もありませんでした。
オフレコ問題というのもありました。琉球新報の「オフレコ破り」については各社で評価が分かれたようです。オフレコ前提で聞き取ったことは記事にしてはいけなかったのではないか、と書いたのは日経だったかな。田原総一朗も言っていたような。
田原総一朗だけでなく、かつて大記者と言われたナベツネさんもそうだったらしいですが、マスコミはいろんな情報を握って、それを報道する/しないことによって、世論ばかりか政治家をもコントロールするべし、という思想なんですね。(*2)
これに対して東京新聞は明快でした。読者に伝えるべきことがあるならばオフレコなど無視してよい、オフレコをオフレコにしているのは、詰まるところ、引き続き情報が欲しいからというマスコミ側の都合に過ぎない、と。パチパチパチ。
ところで、「放射能つけちゃうぞ事件」は、結局どうなったんでしたっけ。大臣がひとりおやめになりましたが、マスコミが作ったでっち上げ事件だったのでは、という疑惑は解消されていないような。
でっち上げと言えば、厚労省の村木さん冤罪事件のFD改ざん裁判と、民主党の小沢元代表の秘書の裁判について、いずれも検事の不正を追及する視点から(というか、客観的に判断するとそうなるらしい)裁判のようすなどをツイートしている江川紹子さんというジャーナリストがいらっしゃいます。
江川さんはオウム事件で一躍有名になったフリーランスですが、ご自身が裁判傍聴で得た感触と翌日の新聞報道のポイントとのズレにしばしば違和感を持たれているようです。
どうも大手マスコミは、現場へは経験の乏しい若造記者ばかり派遣するんですね。それは事件や事故の現場だけでなく、政治家の記者会見あたりもそうなのだそうです。だから的を射た質問のひとつもできないのだ、とだれかがどこかに書いていました。
もっとひどいこともありました。「処理済みで安全」とする汚染水を飲んだ「政治家」と、そそのかしてそれを飲ませた「ジャーナリスト」の存在は、政治家とマスコミの両方レベルの低さをまとめて確認できたという意味で、象徴的な出来事でした。
そんなこんなで、自らが記事になってしまった感のあるマスコミですが、各社各紙がなぜか積極的に意見表明したのはTPP参加問題でした。賛成でも反対でもいいのですが、どんな問題でもこれくらいはっきりと主張して欲しいものです。
インタネットが画期的なのは、だれもが世界に向けて情報を発信できるようになったことです。もちろんネット上を飛び交う情報は玉石混交というかほとんどは石ころですが、それでも、ごく一部の人が情報を握り、出版や放送を独占することに比べればずっといい(*3)。
「中東の春」のようにtwitterには世界を変える力があることが分かりましたし、多くのひとが情報を発信することで、より真実に迫ることができます。マスコミは情報の公開/非公開で世論を操作するのではなく、的確な論評によってその存在価値を維持してほしいものです。
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*1 書いてあることがすべて正しいとは思えない。たとえば「文系出身者のほうが生涯所得が高い」は誤り(またはバブル期の一時的な現象)とする最近の調査もあるし。ま、面白い読み物ってことで。
*2 そういえば今年のキーワードに「老害」ってのもありましたっけ。冒頭で挙げた企業の(元)会長さんたちとかをはじめとして。
*3 フリーのジャーナリストが「記者クラブ」とかいうものの解体を主張するのは、こうした流れから当然。
posted by あ次郎 at 23:45| Comment(2)
| 時事
2011年12月24日
宮田さん
ちょっと前の「町民文化祭」で私の演奏を聴いて下さった方からご連絡をいただきまして、「『アラビア風奇想曲』という曲が気に入った。とりあえず近所のCDショップにいったら『宮田さん』という人のCDがあったのでそれを買ったが、おすすめのCDは誰の演奏か。」とのことでした。
「はて、宮田さん? そういうギタリストは存じ上げないのですが、もしかして『宮下祥子さん』ではありませんか」と聞き直したのですが、「いや、男の人だ」とおっしるんです。とりあえずお勧めのCDの演奏者の名前を挙げておいたのですが・・・。
先方の思い違いだとして、「福田」ならば語感的になんとなく近いような気がします。伊勢神宮に「赤福」、三嶋大社に「福太郎」という名物もありますし。当地のCDショップに置いてあるとなると、この大御所のCDのような気がします。
あるいは、渋谷にある「宮益坂」の連想から、「益田」を勘違いしているのかもしれません。であれば、それはそれでナイスな選択でした。
ちなみに、私が推薦したのは「宮下」「福田」「益田」でした。
「はて、宮田さん? そういうギタリストは存じ上げないのですが、もしかして『宮下祥子さん』ではありませんか」と聞き直したのですが、「いや、男の人だ」とおっしるんです。とりあえずお勧めのCDの演奏者の名前を挙げておいたのですが・・・。
先方の思い違いだとして、「福田」ならば語感的になんとなく近いような気がします。伊勢神宮に「赤福」、三嶋大社に「福太郎」という名物もありますし。当地のCDショップに置いてあるとなると、この大御所のCDのような気がします。
あるいは、渋谷にある「宮益坂」の連想から、「益田」を勘違いしているのかもしれません。であれば、それはそれでナイスな選択でした。
ちなみに、私が推薦したのは「宮下」「福田」「益田」でした。
posted by あ次郎 at 21:15| Comment(0)
| 音楽・ギター
2011年12月12日
屏風岩
典型的な柱状節理の岩です。
我が家の近所にある、ローカルな名所です。

チョロチョロと水が流れ込んでいる上流は景ケ島渓谷といって、そこそこに切れ込んだ谷になっています。
---
拙ブログをご覧いただいているある方のブラウザでは「最後に掲載された画像」がいつも表示されるのだそうです。で、これまで最後に掲載していた画像が例のあれでしたので、それもあんまりと思いまして新たな画像を載せた次第です。
我が家の近所にある、ローカルな名所です。
チョロチョロと水が流れ込んでいる上流は景ケ島渓谷といって、そこそこに切れ込んだ谷になっています。
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拙ブログをご覧いただいているある方のブラウザでは「最後に掲載された画像」がいつも表示されるのだそうです。で、これまで最後に掲載していた画像が例のあれでしたので、それもあんまりと思いまして新たな画像を載せた次第です。
posted by あ次郎 at 20:01| Comment(2)
| 雑/全般
2011年12月11日
排尿困難
尾籠な話ですみません。「体調確認シリーズ」の一環です。そんなシリーズがいつ始まったのか知りませんが。
ともかく、そのつもりでトイレに来ているのに出るものが出てこないというのはなかなかつらいものがあります。膀胱は満タンなのになぜ?って感じです。
まだ頻度は高くありません。ひと月に1回くらい。それも必ず休日の朝の起床直後に限って発症します。平日と違うところは、前の晩に夜更かしするとか、起床時刻が遅くて尿意を催してようやく目が覚めるとか、そういうあたりがですが、なんか関係あるんでしょうかねえ。
まあ、しかし、加齢に伴う典型的な症状に前立腺肥大というのがあるわけで、私の場合も基本的にはこれなのだろうと思います。
時間をかけると、つまり長くトイレに籠っていると、解消します。最初は一滴、二滴。それがだんだんつながって、せせらぎがやがて渓流になり、いつしか大河の流れ・・・ってモルダウではありません。
ともかく、そのつもりでトイレに来ているのに出るものが出てこないというのはなかなかつらいものがあります。膀胱は満タンなのになぜ?って感じです。
まだ頻度は高くありません。ひと月に1回くらい。それも必ず休日の朝の起床直後に限って発症します。平日と違うところは、前の晩に夜更かしするとか、起床時刻が遅くて尿意を催してようやく目が覚めるとか、そういうあたりがですが、なんか関係あるんでしょうかねえ。
まあ、しかし、加齢に伴う典型的な症状に前立腺肥大というのがあるわけで、私の場合も基本的にはこれなのだろうと思います。
時間をかけると、つまり長くトイレに籠っていると、解消します。最初は一滴、二滴。それがだんだんつながって、せせらぎがやがて渓流になり、いつしか大河の流れ・・・ってモルダウではありません。
posted by あ次郎 at 21:04| Comment(2)
| 雑/全般
2011年12月06日
天文学的数字
箱入りティッシュを100億円分積み重ねると、国際宇宙ステーションの軌道の高さの10倍以上になる。
ただし、
1箱の高さ:5cm
1箱の価格:100円
宇宙ステーションの平均高度:390km
として。
トイレットペーパーを100億円分のばして並べると、50光秒になる。
ただし、
1巻の長さ:60m
1巻の価格:40円
光速:300,000km/秒
として。
ただし、
1箱の高さ:5cm
1箱の価格:100円
宇宙ステーションの平均高度:390km
として。
トイレットペーパーを100億円分のばして並べると、50光秒になる。
ただし、
1巻の長さ:60m
1巻の価格:40円
光速:300,000km/秒
として。
posted by あ次郎 at 23:04| Comment(4)
| 時事